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Chapters 71

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* 効果音=サイレン




「――――はい、間もなく到着致します。
ただちに集中治療室に搬送しますので、受け入れの準備をお願いいたします」


「身分証明は、免許証と……はい、事故のトラックに乗務員連絡先が」


「ええ、至急ご家族への連絡は行ってください。
患者の状態ですか、ええ……ええ、そうです。
そうなんですが……患者の希望なんです、ええ」


「ええ……はい、意識が……あるんです。
即死していないのが……不思議なくらいだというのに……」










*背景: 救急車 → 集中治療室
*人物: 無し
*音楽: 無し




「オヤジッ!オヤジぃ!!
おい、しっかりしろよテメェ、おい、オヤジ……!」



―――――深夜の集中治療室、慌しく救急隊員と当直の医師が動き回る中、五月の声だけが
場違いな程に大きく響く。その後ろにはおろおろとする女性看護師の姿。
目の前の患者に縋り付く五月を止めようと何度も割ってはいるのだが、
五月の勢い、そして女子とは思えぬ腕力にどうにも出来ないまま、
もはや半ば諦めた状態でその後ろで患者と、五月の姿を眺めている。

周りの医師、救急隊員もその光景を見てはいるが、あえて止めようとはしない。
慌しく動いてはいるものの、彼らにももはや縋り付く家族を制してまで
目の前の患者を救う事が出来るとは考えてはいなかった。

集中治療室のベットに居る男性は、もはや顔以外には殆ど見える箇所も無い。
ここに辿り着く前に、止血の為に巻かれた包帯やあてがわれた止血布で
荷造りされた人形の様になっている。

その止血も、殆ど意味をなしてはいない。
全身の打撲、骨折。内臓も打ち付けて、恐らくは破裂しているに違いない。
あきらかに致命傷である傷が、胴体を幾重も貫いてしまっている。


……にも関わらず患者は、意識をとぎらすことも無く、事故現場で倒れていた。
バイパスから転落し、ぐしゃぐしゃになった派手なデコトラの運転席から抜け出して。
そして青ざめて運び込む救急隊員に娘を呼んでくれ、と自ら声をかけたのだ……





「……かはっ……わりぃ五月……ヘボしちまった……」



「オヤジ……!」


「こういう死に際ってよ……なんか、昔のことがいっぺぇ浮かぶって言うけどよ……
はは……意外と浮かばねぇもんだなぁ。痛ぇばっかだ……かはっ……」



「バカ野郎、縁起でもねぇ事いってんな!
てめぇがこんくらいで死ぬか!根性見せやがれよオヤジ……!」



「コンジョーか?……コンジョーな……おめぇと会うのに……
残り全部つかっちまった……品切れだ、品切れ……」



「何弱えぇ事言ってやがんだ、しっかりしやがれ!!
あんまふざけた事言ってんと、アタシがブッこ……」


―――言いかけて、思わずぐっと言葉を飲む。
普段から挨拶以上につかっていた売り文句。
それがこの場ではシャレにも冗談にもなりはしない。

喧嘩相手は勿論の事、親父相手にも当たり前のように使っていたその売り文句。
つまらない口喧嘩で使った事もあった。
面白くない冗談に、突っ込む様に使った事もあった。
たまに凄く子ども扱いされて、その照れ隠しに使った事もあった。

親父相手にも当たり前のように使っていたその売り文句。
その言葉の、言霊の意味を、恐ろしさを五月は急に知らされた様に感じていた。

それは冗談でも軽々しく使っていい言葉ではなかった。

冗談でも、使ってはいけない言葉だった。

冗談じゃない。

冗談じゃない…………!


言葉を飲み込んだ反動だったのだろうか。
ぐっと何かが込み上げた時、ふと五月は自分の目が潤んでいる事に気が付いた。


「…………ばぁか」

目の前の親父が、まるでいつもの事の様に笑った。
ぴくり、とその肩が動いたが、それっきり。

笑った後、いつもの様に頭のひとつも小突くつもりだったのかも知れないが
その腕は、もう動かない。動きようもない……


「……お、なんかだんだん浮かんできたぜ……それっぽくなってきたか……
あぁ~~~……そうかぁ…………そうかぁ」



「ばっ、オヤジ……!」


「五月よォ……」



「親父、オヤジぃ……!」


「俺がガサツだったせいで……ロクな事教えてねぇ……
やれ舐められんな、コンジョーだ……はっ……何やってんだか、娘によ……」


もう一度、肩がぴくり、と動いたのが見えて、五月は親父の掌を両手で握る。
それに普段とはまるで違う、か細い力で握り返してくる親父。
親父の自慢の二の腕が、腕っ節が、こんな……

五月の眼前の光景が、潤んでぼける。
そのぼやけた光景の向こうで、親父がまた笑みを返して、ばぁか、と呟いているのが見えた。


「五月よォ……」


「俺はバカだったからよ……おめぇに無駄な遠回りさせちまった……」


「でも、おめえは……俺の自慢の娘だ……ぜってぇ、磨きゃあ光る。
その辺の女なんざ目でもねぇ、とびっきりのイイ女になれるんだ……」


「オヤジ……アタシは……!」


「誰に喧嘩で勝ったとか、誰にコンジョー見せたとかじゃあなしに……
いつかよ……俺の仏壇の前によぉ、彼氏の一人も連れてこい……
はは……生きてるうちなら……ブン殴ってそうだけどなァ……」


「オ……」


「俺の次ぐらい、イイ男でも捕まえろ……
可愛らしい……『オンナノコ』ってヤツになってよォ」












* 背景切り替え=五月の部屋
*人物: 五月=立ち絵(通常)
*音楽: 音楽=小鳥のさえずり




「親父ッ…………」

がばっ、と反射的に身を起こす。

布団が跳ねる、ばっ、という音が耳に入った時……
五月は自分の視界が、いつもの自室の風景に切り替わった事に気が付いた。

しん、と静まり返る畳張りの小さな自室には、遠くからかん、かん、という
金属を打つ音が遠慮がちに響くのみ……



「…………」


「…………つぅ……」

ちいさく声を漏らし、額に手を当てる。
頭が痛い訳ではない。ただ……不意に浮かんだ傷心の痛みを押さえたくて
無意識に利き手を額に押し当てる。
寝巻き代わりのシャツは、嫌な汗がべっとりにじんで、ひやりとする……


(チッ……久しぶりに……最近見なかったってのによ……)


憂鬱な表情を浮かべながら、五月はちら、と目を走らせる。
その視線の先には……濃い紫の大きな旗に、金糸で仰々しく文字が、
そして荒々しい鬼の刺繍がされている。

『冥 府 魔 道』

……雨宮五月の父……雨宮仁騎(じんき)がかつて総長を務めていた
走り屋チームの特攻旗。その下には、今の五月と同じ年齢くらいの
父の姿と、十名足らずの特攻服姿の男達の写真が飾ってある。

五月の親父は、かつてヤンキー全盛だった頃には伝説と言われる程の不良だった。
ふてぶてしい咥え煙草に、今となってはノスタルジックなこってこてのリーゼント。
でもそれが古臭くもダサっぽくも感じないのはカッコばかりの連中とは明らかに違う、
男らしい骨っぽさ、精悍な逞しさが伺えるからだろう。

実際、親父は強かった。逞しかった。
五月は親父の伝説を伝聞として耳にするだけではあったのだが、親父の過去の武勇伝を
なぜか自分の事の様に自慢して聞かせてくる親父の男友達の表情を見ていれば、それに
多少の枝葉がついていようが疑う事など微塵も思いはしなかった。

冥土送りの鬼神、雨宮と言えばどんなヤツでも裸足で逃げ出す、伝説の男。
どんな御伽噺よりも、それは鮮烈で胸躍らせる話であった。




五月が物心ついた時には、仁騎はデコトラの運転手として働いていた。
全国各地を飛び回る配送家業。幼い五月も、多くの時間をそこで過ごした。
仁騎は昔の悪さのツケで天涯孤独の身の上なのだと言った。
仁騎の両親や、親戚には一度も会った事もない。

母親は、物心付いた時から居なかった。
五月は、その理由を聞いたことはない。仁騎も語った事はない。
死んだのかもしれないし、別れたのかもしれないし。
でも、親父の事だからきっと理由が有るに違いない。
親父がそれを言わないのなら、あえて聞く必要は無い。

五月は結局母親の事は、顔はおろか名前すらも知らないまま。


だから。

父親を失った時、五月もまた、天涯孤独の身の上となっていた。







「………おはよ……」

制服に着替え、二階にある自室を降りると、そこはバイクがずらりと並んだ作業場に繋がる。
鉄の粉塵が混ざった、独特の油の匂い。作業場の入り口付近には「認定工場」の看板が。
五月の部屋は、元々はその作業工場の倉庫だった場所。


「……おはよう」

そしてその作業場には、機械油で手や顔を真っ黒にした男性が一人。
作業用のツナギを着込み顎鬚を伸ばしたその男性は、五月の挨拶に顔を向けるでもなく
目の前のバイクを弄る作業の手を休めぬままにその挨拶に返事した。


「バイク外に並べるよ、カズマさん」


「ああ」

カズマと呼ばれた男性はやはり作業の手を休めぬまま、ぶっきらぼうに返す。
だが五月はそれを別に気にした様子もなく、作業場に並んでいる値札や
認定証の付いたバイクを押して外の路面へと並べだす……




由乃 和真(ゆの かずま)。

寡黙で無表情、いかにも職人気質といったその男性。
冷たそうな雰囲気も有るが、それ以上に理知的な顔立ちのその男性が
元不良なのだとは、初見の人間はまず想像すらつかない。

かつては父のチーム『冥府魔道』の、4代目総長の肩書きまで務めたという
由乃は、一回り年が違うにも関わらず父が一番の親友と誇り、
俺の家族なのだと五月に紹介してきた男。

父が事故に遭い、行くあての無くなった五月に「家族だから、頼れ」とそれだけ言って
次の日には部屋を宛がい、自分の職場に住まわせてくれたのが彼であった。



「並べたよ」


「……ああ」

店頭に数台バイクを並べ、オイルタンクをさっと磨き上げて戻った五月に
やはり顔を向けずに返事しながら、立ち上がる由乃。
手元のタオルでがざっ、と手を拭くと、油汚れで真っ黒になる。
そのまま無言でさっさと移動しはじめる由乃の後、五月も又、無言で後を追いかける。




*背景: 台所
*人物: なし
*音楽: 街並み=日常



五月がトースターで食パンを焼く間に、由乃が台所で卵を焼く。
器用な片手割りで2つ同時に卵を割り、フライパンでぶっきらぼうにかき混ぜる。
由乃の自炊は最低限、喰えれば問題ないという感じの、大雑把な男料理。
毎朝のメニューは勿論、夜も殆ど食べるもの、作るものは変わらない。
大抵はフライパン1つの焼き物、炒め物だ。
五月のためにかいくつか調味料も用意はしているが、自身は塩胡椒以外は殆ど使わない。

なんとも味気ない、由乃らしい料理、そして生活だと五月は思う。
毎朝毎晩、その料理につき合わされている五月だが、五月はその味気なさが心地よい。

由乃は、五月には全くといっていいほど干渉しない。
バイクの販売事務所はドア一枚をへだてて、即、由乃の住まう生活圏。
こじんまりとした台所に、テーブルとテレビ、ベッド。

最低限住まうに足るだけの生活圏で生活する由乃と、工場の二階を
宛がわれた五月は、ひとところに住んでいながら半ば別居同然。
五月がどんなに朝早く出かけても、夜遅く帰っても、由乃は何も干渉しない。
会話も殆ど無い。殆どの日、五月は由乃の「ああ」という返答以外耳にしない。

……五月が毎度毎度、学校に足を運ぶのが遅くなっているのは実は由乃の
バイクショップの手伝いをしているからなのだが、別段これも由乃が
押し込んだ訳ではない。手伝うよ、と言い出した五月に対して
歓迎するでも拒否するでもなく「ああ」と当たり前の様に返して
それが日常、当たり前になっていったというだけの事。

由乃は、五月には全くといっていいほど干渉しない。
学校に行け、とも行くな、とも言わないし、ましてこの先どうしろなんて
一度も口にした事もない。全ての行動は五月任せ。
当然、店を手伝えば大幅な遅刻は当たり前となるだろうが
別段それをどうこう、というのを言ってきた事もない。





「……」

ぱり、と音を立ててトーストを齧る。
この数ヶ月、なにも変わらない毎朝の味。

目の前の由乃も何か会話を持ちかけるでもなく、無言で食事をするばかり。
味気ない。そっけない。毎朝の風景。

……五月はその味気なさが心地よい。

由乃が五月を住まわせるに当たって、出した条件はたったひとつ。
出来るだけ、食事は一緒にする様に、というたったそれだけ。
その方が片付けが楽だから、というとても判り易い理由だった。

由乃は、時には赤の他人よりもそっけない。
だが、それが由乃なりの気遣いなのだと五月が気付くのにそう時間はかからなかった。

父が事故に遭い、行くあての無くなった五月に「家族だから、頼れ」と
言い放った由乃は、由乃なりに家族として五月を扱ってくれている。

『家族』だからこその、素っ気無さ、味気なさ。
家族が家の仕事を手伝うのに、いちいち礼や気遣いの態度など見せたりしない。
やりたいなら手伝わせるし、やりたくないなら構わない。

今日はどうだった、明日はどうなのか、という話もいちいちしない。
朝晩共に食事をすれば、その様子で機嫌の良し悪しくらいは判る。
言いたい事があれば遠慮無く言ってくればいい。
言いたくない事は別に言う必要も無い。

もっとも近しく、もっとも疎遠。
日常、という変わらない生活空間を、当たり前に共に過ごすだけの間柄。





「……」

ぱり、と音を立ててトーストを齧る。
この数ヶ月、なにも変わらない毎朝の味。
正面で食事する由乃は、相変わらず無表情に、手元の新聞を眺めるだけ。
五月の様子に、特になにを干渉するでもない。

境遇に変に同情するでもない、構うでもない由乃のぶっきらぼうさ。
その気遣わない『気遣い』が、五月にとってそれは本当に心地よい。……有り難い事だった。





「……じゃ、行ってくる」


「ああ」


食事を終え、至極簡単に後片付けを済ませた由乃は五月の返事に顔を向けないまま
油と鉄粉で汚れた工具箱を片手に、工場の方へと歩いていく。
平日、午前中のこの時間にバイクを買いに来る客はあまり居ない。
その時間、殆どは請け負った修理の為に由乃は工場に篭りきる。

五月が珍しくこの時間、制服で出てきた事にも、由乃は特になにも言葉をかけなかった。
……普段ならば油に汚れるのを避ける為、五月もツナギ姿で顔を出す。
今日は制服で降りてきたのだから、手伝いもそこそこにすぐに学校に行く事は
彼にとって、いちいち問い返す必要のない事。


「……カズマさん」


「……ん」

そんな由乃の背中を、五月が不意に呼び止める。
由乃がぴたりと足を止めて、ゆっくり振り返るその視線の先。
五月は珍しく膨らんだ鞄と、なにやら長得物を入れてるだろう布袋を突き出していた。


「親父の。……今日、借りてくから」


「……ああ」


それだけ言って、由乃はすいっと視線を工場の方へと戻した。
五月が差し出したものが何だったか、由乃はいちいち聞き返さない。
聞くまでも無い。

そして歩き出そうとして……振り返らないまま、ぽつりと言葉を返してきた。


「せいぜい、ツッパってこい」


「……うん!」

由乃はそのまま振り返らないまま。
さっさと工場の方へと歩いていった。



「……さぁて、いっちょ行ってくっか!」

布袋で包まれた長得物をぱし、と片手ではじきながら、五月が気合の声を上げる。
固い音。固い感触。それにますます、五月は気合が乗っていくのを感じ取る。

……わりぃね親父。

『オンナノコ』ってのも忘れてねぇよ。ちゃんとやる。

やるけどよ。


(舐められちゃあイカンよな……『オンナノコ』っつってもよ?)








「しゃあ!行くぞオラァ!!」

長得物を肩にからって、もう一度気合の咆哮を上げる五月。

ミカボシ。
昨日の借りは、きっちりとテメェに返してやるからよ……!

*音楽: ツッパリほにゃららロケンロール(BGM→フェードアウト)

*暗転:場面転換


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by 1601109 | 2008-01-05 00:00 | ピューと書く!ノベル


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